遺言執行者の役割と選任方法
遺言執行者の役割
遺言執行者とは、遺言者の死亡後に遺言書の内容を実現するために必要な一切の行為を行う者をいいます(民法第1012条)。遺言執行者は遺言者の最終意思を確実に実行するための重要な役割を担っています。
2019年の民法改正により、遺言執行者は「遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する」と明確に規定されました。また、遺言執行者がその権限内で行った行為は、相続人に対して直接効力を生じるものとされています。
遺言執行者の具体的な職務
- 相続財産の管理:遺言執行に必要な範囲で相続財産を管理します
- 相続財産目録の作成・交付:遅滞なく相続財産の目録を作成し、相続人に交付しなければなりません(民法第1011条)
- 不動産の相続登記の申請:遺言に基づく所有権移転登記を申請します
- 預貯金の解約・払い戻し:金融機関での手続きを行います
- 有価証券の名義変更:株式等の名義を受遺者に変更します
- 子の認知の届出:遺言による認知がある場合、就職後10日以内に届出を行います
- 相続人の廃除・廃除の取消しの申立て:家庭裁判所への申立てを行います
ℹ 遺言執行者がいないとどうなるか
遺言執行者が指定されていない場合、原則として相続人全員が協力して遺言の執行を行うことになります。しかし、相続人間で意見が対立していると手続きが進まず、遺言者の意思が実現できないリスクがあります。特に遺贈がある場合や相続人間に紛争がある場合は、遺言執行者を指定しておくことで、相続人の協力がなくても遺言の内容を実行できます。
選任方法
遺言執行者の選任方法には、遺言書での指定と家庭裁判所での選任の2つがあります。
方法1:遺言書で指定する
最も一般的な方法は、遺言書の中で遺言執行者を指定する方法です(民法第1006条1項)。遺言者が信頼する個人(相続人の一人、弁護士、司法書士など)または法人(信託銀行など)を遺言書に記載して指定します。
また、遺言執行者の指定を第三者に委託することもできます(民法第1006条1項後段)。例えば「遺言執行者の指定は弁護士の○○に委託する」と記載することで、遺言者の死亡後にその第三者が遺言執行者を選ぶことができます。
方法2:家庭裁判所で選任してもらう
遺言書で遺言執行者が指定されていない場合や、指定された遺言執行者が就職を拒否した場合、または遺言執行者が死亡した場合などには、利害関係人(相続人・受遺者・債権者など)の請求により、家庭裁判所が遺言執行者を選任します(民法第1010条)。
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家庭裁判所への申立て
遺言者の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に、遺言執行者選任の審判を申し立てます。申立人は利害関係人(相続人、受遺者、遺言者の債権者など)です。申立てには収入印紙800円と連絡用郵便切手が必要です。
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必要書類の提出
申立書のほか、遺言者の死亡の記載のある除籍謄本、遺言執行者候補者の住民票(候補者がいる場合)、遺言書のコピー(検認済みのもの)、利害関係を証明する資料などを提出します。
- 3
家庭裁判所の審理
家庭裁判所が遺言執行者としてふさわしい人物を選任します。候補者が指定されている場合はその人物について審理し、候補者がいない場合は弁護士や司法書士から選任されることが一般的です。
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遺言執行者の就職
選任された遺言執行者が就職を承諾すると、遺言執行者としての職務が開始されます。遺言執行者は就職後直ちに任務を開始し、相続人に対して遺言の内容を通知しなければなりません(民法第1007条2項)。
遺言執行者になれない人
民法第1009条により、未成年者と破産者は遺言執行者になることができません。それ以外の制限はなく、法人(信託銀行・弁護士法人など)も遺言執行者になることができます。相続人であっても遺言執行者になれますが、利益相反の観点から中立的な第三者の指定が推奨される場合もあります。
遺言執行者の権限
2019年の民法改正により、遺言執行者の権限が明確化されました。遺言執行者には以下の権限が認められています。
一般的な権限
遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有します(民法第1012条1項)。具体的には、不動産の登記申請、預貯金の解約・払い戻し、有価証券の名義変更、遺贈の履行などの行為を単独で行うことができます。
特定財産に関する遺言の執行
遺言で特定の相続人に特定の財産を「相続させる」旨の遺言がある場合、遺言執行者は対抗要件の具備(不動産の登記など)に必要な行為をすることができます(民法第1014条2項)。これにより、相続人の協力がなくても登記手続きを進めることが可能です。
相続人の処分行為の制限
遺言執行者がいる場合、相続人は遺言の執行を妨げる行為をすることができません(民法第1013条1項)。相続人が遺言に反して相続財産を処分した場合、その行為は原則として無効です(ただし、善意の第三者には対抗できません)。この規定により、遺言者の意思が確実に実現される仕組みとなっています。
| 権限の種類 | 内容 | 根拠条文 |
|---|---|---|
| 財産管理権 | 相続財産の管理・保存に必要な行為 | 民法第1012条1項 |
| 遺贈の履行 | 受遺者への財産の引き渡し・登記 | 民法第1012条2項 |
| 対抗要件の具備 | 特定財産承継遺言における登記申請等 | 民法第1014条2項 |
| 認知の届出 | 遺言による認知の届出 | 戸籍法第64条 |
| 廃除の申立て | 相続人の廃除・廃除取消しの申立て | 民法第893条・894条 |
| 復任権 | やむを得ない事由がある場合の第三者への委任 | 民法第1016条 |
❗ 遺言執行者の義務
遺言執行者には権限とともに義務も課されています。主な義務として、任務開始の通知義務(民法第1007条2項)、善管注意義務、相続財産目録の作成・交付義務(民法第1011条)、報告義務、受取物の引渡義務などがあります。これらの義務に違反した場合、損害賠償責任を負うことがあります。
報酬
遺言執行者の報酬は、遺言書で定められている場合はその金額に従います。遺言書に定めがない場合は、遺言執行者が家庭裁判所に報酬付与の審判を申し立てることができます(民法第1018条1項)。
報酬の目安
遺言執行者の報酬に法的な定めはありませんが、一般的な目安は以下のとおりです。
| 遺言執行者 | 報酬の目安 | 備考 |
|---|---|---|
| 相続人の一人 | 無報酬〜遺産の1%程度 | 遺言書で定めることが多い |
| 弁護士 | 遺産の1〜3%(最低30万円〜) | 事務所によって異なる |
| 司法書士 | 遺産の0.5〜2%(最低20万円〜) | 登記手続きと併せて依頼可能 |
| 信託銀行 | 遺産の0.5〜2%(最低100万円〜) | 最低報酬が高額な傾向 |
遺言書で報酬を定める場合は、「遺言執行者の報酬として遺産総額の○%を支払う」「遺言執行者の報酬として金○○万円を支払う」のように明確に記載しましょう。報酬は相続財産の中から支払われます。
💡 報酬の決め方のポイント
報酬が低すぎると引き受けてもらえない場合があり、高すぎると相続人の不満につながります。専門家に依頼する場合は事前に報酬額を確認し、遺言書に明記しておくことをおすすめします。また、遺言執行に必要な実費(交通費、登記費用、郵便料金など)は報酬とは別に相続財産から支出されます。
解任・辞任
遺言執行者の解任
遺言執行者がその任務を怠った場合や、正当な事由がある場合には、利害関係人の請求により家庭裁判所が遺言執行者を解任することができます(民法第1019条1項)。解任の正当な事由としては、以下のようなケースが挙げられます。
- 遺言の執行を長期間放置している場合
- 相続財産を不正に処分した場合
- 特定の相続人に有利な対応をしている場合
- 相続人への報告を怠っている場合
- 健康上の理由で職務遂行が困難になった場合
遺言執行者の辞任
遺言執行者は、正当な事由がある場合に限り、家庭裁判所の許可を得て辞任することができます(民法第1019条2項)。正当な事由としては、病気や高齢による職務遂行の困難、遠隔地への転居、相続人との関係悪化などが認められることがあります。
なお、遺言書で指定された遺言執行者は、就職する義務はありません。就職を承諾しない場合は、相続人等の催告に対して確答しないときに就職を拒絶したものとみなされます(民法第1008条)。その場合、利害関係人が家庭裁判所に新たな遺言執行者の選任を請求することになります。
⚠ 遺言執行者の解任・辞任後の対応
遺言執行者が解任・辞任した場合、遺言の執行が中断してしまいます。利害関係人は速やかに家庭裁判所に新たな遺言執行者の選任を申し立てましょう。相続手続きの期限(相続税の申告期限10ヶ月など)に影響がないよう、迅速な対応が求められます。