限定承認の仕組みと手続き方法
限定承認とは
限定承認とは、相続によって得たプラスの財産の範囲内でのみ、被相続人の債務(借金など)を弁済するという条件付きで相続を承認する制度です(民法第922条)。つまり、プラスの財産が1,000万円、借金が1,500万円の場合、限定承認をすれば1,000万円までしか借金を引き継がず、残りの500万円は支払う必要がありません。
限定承認は、被相続人の財産がプラスなのかマイナスなのか判断がつかない場合に特に有効な選択肢です。相続放棄のように一切の財産を手放す必要がなく、プラスの財産が残れば差額を受け取ることができます。一方で、手続きが複雑であり、相続人全員の合意が必要という制約もあります。
限定承認は実務上の利用件数が少なく(年間約800件程度)、相続放棄(年間約25万件)と比べると非常にまれです。その主な理由は、手続きの煩雑さ、全員の合意が必要という要件の厳しさ、そしてみなし譲渡所得課税の問題があるためです。しかし、特定のケースでは限定承認が最も合理的な選択となることがあります。
ℹ 限定承認のポイント
- プラスの財産の範囲内でのみ債務を弁済する
- 相続人全員が共同で行う必要がある
- 相続開始を知った日から3ヶ月以内に家庭裁判所に申述する
- 限定承認後は相続財産の管理・清算手続きが必要
単純承認・限定承認・相続放棄の比較
相続の3つの選択肢を比較します。それぞれの特徴を理解して、自分の状況に合った選択をしましょう。
| 項目 | 単純承認 | 限定承認 | 相続放棄 |
|---|---|---|---|
| 概要 | すべての財産・債務を引き継ぐ | プラスの範囲内で債務を引き継ぐ | 一切の財産・債務を放棄する |
| プラスの財産 | 全額取得 | 債務弁済後の残額を取得 | 取得不可 |
| マイナスの財産 | 全額負担 | プラスの範囲内で負担 | 負担なし |
| 手続き | 不要(何もしなければ自動的に成立) | 家庭裁判所に申述(相続人全員) | 家庭裁判所に申述(個人単位) |
| 期限 | 3ヶ月経過で自動成立 | 3ヶ月以内 | 3ヶ月以内 |
| 相続人の要件 | 個人の意思 | 相続人全員の合意 | 個人の意思 |
| 撤回 | 不可 | 不可 | 原則不可 |
| みなし譲渡所得 | なし | あり(要注意) | なし |
| 適するケース | プラスの財産が多い場合 | 財産の状況が不明な場合 | 明らかに借金が多い場合 |
メリットとデメリット
限定承認のメリット
- 借金のリスクを限定できる:プラスの財産の範囲内でしか債務を引き継がないため、相続によって自分の財産が減ることがありません。後から知らない借金が発覚しても安心です。
- プラスの財産が残れば受け取れる:相続放棄と異なり、債務を弁済した後に残った財産は受け取ることができます。
- 先買権の行使が可能:限定承認の清算手続きにおいて、相続財産の中に残したい財産(自宅など)がある場合、家庭裁判所が選任した鑑定人の評価額を支払うことで、その財産を優先的に取得できます(民法第932条)。
- 財産状況が不明でも安心:被相続人の債務の全容が把握できない場合でも、最悪の場合でもプラスの財産の範囲内で済みます。
限定承認のデメリット
- 相続人全員の合意が必要:一人でも反対する相続人がいると限定承認はできません。相続人間の意見調整が難しい場合は事実上困難です。
- 手続きが複雑:限定承認後は官報公告、債権者への弁済、清算手続きなど、多くの手続きが必要になります。専門家の支援なしでは困難な場合が多いです。
- みなし譲渡所得課税:限定承認をすると、被相続人から相続人に時価で資産を譲渡したものとみなされるため、含み益のある不動産や株式については譲渡所得税が発生します。
- 時間と費用がかかる:清算手続きが完了するまでに数ヶ月〜1年以上かかることがあり、弁護士費用などのコストも相続放棄より高くなります。
❗ みなし譲渡所得課税に注意
限定承認における最大の落とし穴は「みなし譲渡所得課税」です。被相続人が取得した時の価格よりも値上がりした資産(不動産・株式など)がある場合、その含み益に対して所得税が課されます。この税金は被相続人の準確定申告で申告・納付する必要があり、場合によっては限定承認のメリットを上回る税負担が生じる可能性があります。
限定承認が適するケース
以下のようなケースでは、限定承認が有効な選択肢となります。
- 被相続人の財産・債務の全容が不明な場合:個人事業主や会社経営者が亡くなった場合など、債務の全容が把握しきれないケースでは、限定承認によってリスクを限定できます。
- 自宅など残したい財産がある場合:相続放棄では一切の財産を手放しますが、限定承認なら先買権を行使して自宅を取得できる可能性があります。
- プラスの方が多い可能性がある場合:債務の額が不明だが、プラスの財産も相当額ある場合、相続放棄するとプラスの財産も手放すことになるため、限定承認の方が有利です。
- 連帯保証債務がある場合:連帯保証の範囲が不明な場合、将来請求される可能性のある債務に対しても限定承認で備えることができます。
限定承認の手続きの流れ
限定承認の手続きは、家庭裁判所への申述から清算手続きまで、以下のステップで進みます。
- 1
相続人全員で限定承認の合意を得る
限定承認は相続人全員で行う必要があります。まず全相続人を確定し、全員の合意を得ます。相続放棄をした人は除外されるため、一部の相続人に放棄してもらい、残りの全員で限定承認をすることも可能です。
- 2
必要書類を収集する
相続放棄と同様の戸籍謄本等に加え、財産目録の作成が必要です。被相続人のプラスの財産とマイナスの財産をすべてリストアップします。不動産の登記簿謄本、預貯金の残高証明書、借入金の明細なども準備します。
- 3
家庭裁判所に限定承認の申述をする
相続開始を知った日から3ヶ月以内に、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に、限定承認申述書と財産目録を提出します。収入印紙800円と連絡用郵便切手が必要です。
- 4
限定承認の受理・相続財産管理人の選任
家庭裁判所が限定承認を受理すると、相続人が複数の場合は、その中から相続財産管理人が選任されます。相続財産管理人が以後の清算手続きを主導します。
- 5
官報公告を行う
限定承認が受理されてから5日以内に、官報で債権者に対する公告を行います(民法第927条)。公告期間は2ヶ月以上です。この期間中に債権者は申し出をする必要があります。
- 6
債権者への弁済・清算手続き
公告期間満了後、届け出た債権者および判明している債権者に対して、プラスの財産の範囲内で弁済を行います。優先順位に従って配当します。残余財産があれば相続人が取得します。
限定承認の注意点
財産目録の正確な作成
限定承認の申述には、正確な財産目録の提出が求められます。財産目録に記載漏れや虚偽の記載があった場合、限定承認の効力が失われ、単純承認とみなされる可能性があります(民法第921条第3号)。不動産の評価額、預貯金の残高、借入金の正確な金額などを慎重に調査・記載する必要があります。
相続財産の処分禁止
限定承認の手続き中は、相続財産を勝手に処分することはできません。相続財産管理人の管理のもと、適正な手続きに従って清算を進める必要があります。相続財産を不正に処分すると、単純承認とみなされる可能性があります。
専門家への依頼を強く推奨
限定承認は手続きが複雑であり、官報公告や債権者への弁済など、専門的な知識が必要です。みなし譲渡所得課税の問題もあるため、弁護士と税理士の両方に相談することを強くお勧めします。専門家への報酬は20〜50万円程度が目安です。